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2015年2月 3日 (火)

人と繋がること、自分で考える事

それぞれ日常が続く中、ずっと心で心配し、祈っていたことが、悲しい結果として伝えられた日曜。

その後も、メディアや各SNS媒体を通じて、いろんな皆さんの言葉、反応があって、自分の気持ちと照らし合わせた方もいると思います。

私はTwitterで下記、後藤健二さんの言葉に出会いました。


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目を閉じて、じっと我慢。
怒ったら、怒鳴ったら、終わり。
それは祈りに近い。
憎むは人の業にあらず、
裁きは神の領域。
-そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった。
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すでに何万というリツィートになってますね。。
たくさんの方が共感されているんだと思います。


テロという恐怖を、現実に起こりうると捉えなくてはいけない現代、歯止めをかける方法はないのでしょうか?

上記の後藤さんの言葉“憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域”で考えるなら、平和という最高の豊かさを享受し、武器を持たないと決めた日本を誇りに思うことも、立ち向かうことではないのかな、と。

悪は一瞬、善は届くのに、とてもとても長い時間がかかると思います。

公表されていなかった、すでに人質だった頃、集団的自衛権を通そうとしていた政治家さん達は、選挙に勝って、満面の笑顔。
それが今回の人質事件で、メディアを通して泣くという行為。

行き場のない悲しみをこれからも一生背負うご家族が、後藤さんの遺志をつぐと気丈にも語る中、それは情感のない、陳腐なパフォーマンス、、私にはそう映りました。
今、特定秘密保護法案も容認されてしまう世の中で、どれだけ私たちはめくらましにあうのでしょう。。

生まれた瞬間の赤ちゃんに、人を殺める感情なんてないはずです。心が育つ環境、当たり前に世界中で存在するように、教育の場、慈愛に満ちた心が育つ環境作りは大事だなっておもいます。

私が考えることなんて、空想、妄想の世界ですが、イスラム国の人にもきっと兄弟がいて、その兄弟には、家族と同じくらい大事な親友がいて、もしかしたら、その大事な親友は何かのきっかけで日本に働きにきていて、日本の方と結婚して、子供ができて、そのお子さんが、被害者の子供さんと同じ教室になったとして、その子供同士は憎み合うべきですか?
大人は、憎悪の感情を伝えるべきなのでしょうか?

人と人はみんな最終的に繋がっているんだ、だから憎しみでなく、お互いに理解し、怒りの、憎しみの感情を越えた行動ができるようにと、育てたり、教育の場を作って、そんな子供が大人になって、また心豊かな日本を継続させてほしいです。


春を迎える前に、つらつらと自分の心を言葉にしてしまいました。。


明日から、また私らしいマイペースな音楽日記に戻ります。

みなさんも、寒い時期ではありますが、立春2/4から、もっと今年願う思いが具現化していきますように。


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